2008~9年当時,リカンベントに乗ってみたくて自作できないかと様々なウェブサイトを読み漁っていた私は,この「Python Delta」の製作記事を見て大変な衝撃を受けたことを今でも覚えている。
それ以来,2011年末からなぜか更新が途絶えたこの「贅肬録」を定期的にチェックしては,「Python Delta」の行方を探り,稀に亡霊のようにネット上に現れるこの車両の写真を見ては思いを馳せ,いつか実際に見て眺めて触れて乗ってみたいと思い続けていた。
こんな縁があるだろうかと最初は信じられなかったが,今まさに目の前にあるのだ。「Python Delta」になぜここまで私が心酔しているのか,書き綴ってみたいと思う。
当然九州の片田舎にリカンベントなんてものは存在しないので,情報はネットで探すしかない。ネットで探すといっても自作リカンベントの製作事例がそうあるわけではない。製作事例を見つけても,大抵Tig溶接機とか切削工具とかの工作機械がある前提での製作事例が多いし,しかも工作機械がないパターンの製作事例では,ママチャリや折り畳み自転車を切って繋げたボルトオンの製作事例が多く,どうしても既製品のようなフレームに仕上げるのがモットーの白猫製作所では,なんにせよある程度の工作機械を持っていないと作るはの難しいなぁ,と思っている所だった。
そんな矢先見つけたのが,上記の telavivさんの「贅肬録」と「Python Delta」だった。
ところで,自転車のフレームの自作においてネックになってくるのは何かご存じだろうか。フレームの溶接とかパーツを作るとか、そういったものが難しいと思われがちだが(いや実際面倒なんだが),実はそれ以上に悩ませるのが "治具" である。
治具とは,
上記サイトに記されているようなもので,ようは自転車のフレームをまっすぐに作るための支えみたいなものである。(KSさん引用させていただきました。)
これを使うことで,ゆがみのないまっすぐなフレームを製作することが出来る。
もしくは,
上の写真のような,定盤と呼ばれるまったいらな板を用意することが出来れば,この板の平面を基準値としてフレームを組み立てることが出来るのである。(この写真はモノタロウから引用)
実際はそこまで正確に製作しなくても,人間の補正でまっすぐ走ってしまうのが自転車なんだけれども,当然ある程度の精度を出して製作した方がいいに決まっているわけである。また,上記のKSさんの記事でも言及されている通り,治具がないとかえって製作しにくいのである。
しかしながら,実は治具も定盤も想像以上に高い。当時それに金を出せるほど(今もだが)所持金はない。
何より問題なのは金ではなく,製作物がリカンベントだということだ。リカンベントは普通の乗車姿勢の自転車と比べて兎に角"長い"。長い故,治具の製作をしようがなかったり,1.5m近くある長さの定盤となると死ぬほど高価なのである。
そんな問題をまず解決してくれたのが「贅肬録」だった。
「Python Delta」は40mmの鉄角パイプで構成されている。
フレーム後部の写真。角パイプで構成されているのがわかるだろうか。普通,自転車の素材として40mmの鉄角パイプなんざ重すぎて使用しない。しかしながらこの「Python Delta」は鉄角パイプが使われているのである。
このパイプの選定には明確な理由がある。製作のしやすさと精度の出しやすさ,そして信頼性だ。
基本的に鉄角パイプのプレーン管は,各面の平面精度が比較的よく出ていて,まっすぐである。且つ,角は90度。同じサイズの鉄角パイプであるのならば,必要な長さに切断し何かしらの平らな面に置いて並べれば,それだけである程度のフレーム精度が出せてしまう。しかも角パイプなのでクランプ等で固定もしやすい。そして強度も十分である。
自転車のフレームとしては軽量であることに越したことはないが,それ以上にフレームの精度と製作のしやすさ,そしてフレームとしての信頼性を優先させてあるわけである。
この発想を得たことがブレイクスルーとなり,実際に真似をして設計に落とし込み,私は自作リカンベントを作ることができたのである。
詳細は上リンク参照。
この自作1号機も40mmの鉄角パイプで製作している。使用した定盤は幅の広い鉄角パイプで,その上に切断した鉄角パイプを並べてメインフレームを製作した。詳細というほどでもないが,上記リンクを見てもらえれば何をやっているのかわかると思う。
「贅肬録」に残してあるヒントを必死に読み解き,自分の置かれた環境と状況を,どう適応したら作りたいものを生み出すことが出来るか考えた結果,自作1号機を生み出すことが出来たのだった。
そして,専用の工作機器や治具が無くても,高額の機材を購入しなくても,知恵を働かせて様々な手段を応用し,製作したいものに適応させれば,それなりのものを製作することが出来ると気づいた瞬間でもあった。
ちなみにこの初号機は30kmくらい走って試走したものの,とりあえずちゃんと走るという点以外はてんでダメだったが,いろいろ工夫すれば「作れるぞ」というのを身を持って体感することが出来た。
「贅肬録」が私に示唆したものはそれだけではなかった。ここから先は「贅肬録」に掲載されている画像をいくつか転載させていただきながら話を進めようと思う。
まずは自作の治具。


「Python Delta」のフロントセクションの製作画像と思われる写真である。フレーム下の赤いブロック状のものは,工事現場などを見たことがある人には見覚えがあると思うが,ぶっとい鉄角パイプである。
その上でC型クランプを用いてフレームの鉄角パイプを抑え込み,フレームを溶接している。フレームの支えもL型のアングル材を切ってねじ止めしたもので支えてある。抑え込んでいる支えにも鉄角パイプが使われている。

精度が出なさそうに見えるが,上記引用画像のように,ひっくり返して置いてもぴったりと密着するということは平面が出ているわけである。

この方は定盤を持ってらっしゃるようで,ダメ押しのごとく定盤上において確かめていらっしゃるが,ビタッと精度が出ている。専用の道具が無くても工夫次第でこういったものを作ることが出来るのである。
また,治具だけでなく,ねじ穴一つとっても細部まで十分に検討を重ねてある。

ねじ穴に関してはパイプに直でねじを切らず,ナットを埋め込み,溶接してねじ山の奥行を確保し,強度を十分に高めてある。


ネジなどで圧縮される部分には補強版を入れたり,圧縮方向に力が加わる部分には補強が入れられている。この部分だけではなく,ほぼ全部の締め付け部分やねじ穴部分にはこの加工が施されている。


5mm厚の鉄板を切り出して作られたリアセクション。これらも自作の治具を使って精度良く組まれている。

これは左右の後輪のドラムブレーキを同時に引く倍力装置だが,中央のパーツは戸車である。さらによく見ていただけるとわかるが,それ以外のパーツも一見専用品に見えて,ステンレスキャップボルトを切ってうまく構成してある。

リアハブとブレーキは車いす用の片持ちハブ。ストッピングパワーは弱いが,補助ブレーキやパーキングブレーキとしては十分動作する。これは現在でも販売されているカラサワ製作所のハブである。
そして何より皆さんお気づきだろうか。いくつかのパーツは確かに専用のものを購入しなければならないが,そのほとんどの材料はホームセンターで入手できるような素材で製作されているという事に。近所のホームセンターになくても,少なくとも今はネット通販で手に入る。とても特殊な車両だけれども,その実身近に手に入るような素材やパーツで構成されているのである。
そして,フレームの隅々まで思考を張り巡らせ,起こりうるトラブルには先手を打って対策をされ,さらにデザインとしても破綻した部分がなく,一つの乗り物として細部まで丁寧に作り込まれている。
細部に神が宿るとは本当にこのことだと思う。
telavivさんが書き綴る「贅肬録」は,言葉少なめの文章で不定期にポツポツと綴られていて,一見情報の薄いウェブサイトに見える。だがしかしよくよく読んでいくと,僅かな写真と記事の中に,知恵と工夫とそしてその工作に対する情熱と熱量が濃密にエキスとして抽出されて残っていた。
「贅肬録」には他にもいろいろな自転車の製作記事が残っているが,そのどれもが強度や耐久性を考え,構造体として非常に思慮深く作られている。それも,比較的身近に手に入れられるレベルでの工作方法で作られているのだ。これを見て当時の私は甚く感動した。「メーカーでなくても作れるんだ」と。
良くできているマシンは走りも問題ない。実際に10kmほど試走した感じでは,フレームに不安感も覚えることもなく,すべてがきちんと機能している。確かに車両重量は重いが,速さを求めているわけではないので十分。
というわけで,そこに残された様々な意思やアイデアに触れることが出来た結果,私のLiliumⅡが存在しているわけである。
(撮影 : 盛豚さん)
……
価値のあるものとは何だろう。多くの人が評価するものが価値のあるものだろうか。それとも,歴史的なものに価値というものがあるのだろうか。
私は,自分の価値観においてそれが価値のあるものだとするのならば,それは誰が何と言おうととても価値の高いものだと思っている。
私にとってこの「Python Delta」は,ほかの誰一人としてそれに価値を見出せなくても,なんら歴史的に評価がされないものであっても,何よりもこの世から失われてはならないとても価値のある遺産なのだ。
そして,それが手に入ったことに,大変な幸せを感じるのである。
価値のある遺産と書いたが,実はこの「Python Delta」の製作者であるtelavivさんはもうすでにお亡くなりになられている。もうこの「Python Delta」の製作者から直接設計思想,製作思想,考え方を聞くことはどうやっても叶わないのである。だがしかし,「贅肬録」には辛うじてまだ残っている。
しかしながら,2020年の現在でははてなブログの形式も変わってしまい,管理者もいないので,今やフッと消えかねない消滅危機のウェブページになりつつある。
管理者もいなくなってしまった「贅肬録」を勝手に貼り付け,転載することは著作権的に良くない事だと思っている。だが,ネット上に残った遺産である色々なウェブサイトが,サービス終了で次々と紙きれのごとく吹き飛んでいる昨今,少なくともこういった「残された遺産」を僅かでもいいから残していく必要はあると思う。